城を守った女城主!井伊直虎とはどんな人物なのか




井伊直虎といえば、平成29年に放送された「おんな城主 直虎」でも話題になりましたね。いったいどんな人物で、どのような人生を送ったのでしょうか。


1、井伊直虎とはどんな人物なのか

・生い立ち

井伊氏の当主である井伊直盛の娘として生まれた井伊直虎。直盛には息子がおらず、井伊家の跡継ぎとする予定でした。

しかし井伊直満と弟・直義が、謀反の疑いをかけられて殺害されてしまうのです。その上直虎の許嫁であった亀之丞も命を狙われ身を隠しました。許嫁と別れた直虎は出家し、「次郎法師」と名を改めました。


・跡継ぎ誕生

約10年後、亀之丞が帰ってきますが、出家していた直虎は結婚することができませんでした。亀之丞はのちに「直親」を名乗り、奥山朝利の娘と結婚します。そして2人の間に、井伊家の跡継ぎとなる「虎松」が誕生します。彼がのちの井伊直政です。


・女城主 直虎

その後父親の直盛が戦死、直親が家康の味方をしていると疑われ殺害されます。多くの家臣たちも失い、男子は幼い虎松のみとなってしまうのです。

そこで立ち上がったのが直虎。「次郎法師」から一転、井伊谷城の女城主となりました。

そこでまず1番の難問である、今川氏から出された「徳政令」。これは井伊家の精力を弱めるためのものであり、このままではまずいと直虎は2年引き伸ばします。しかし1568年に発令され、直虎は城主の立場を失うことになったのでした。


2、どんな最期を迎えたのか


虎松はのちに徳川家康の家臣となり、万千代という名前を与えられました。井伊谷に領地を持った彼は、さまざまな功績をあげていきます。

直虎は当時40数歳、井伊家の立場は寸手のところで助かった1582年8月26日に生涯を終えました。

許嫁と別れ、出家をし、女城主となった井伊直虎。壮絶な人生だったでしょうが、決死の覚悟で井伊家を守っていたのです。


3、実は男だった説がある!?

そんな女城主の直虎ですが、実は男性だったという説もあります。

井伊家の遺品がある井伊美術館いわく、直虎は戦国大名であち今川氏の家来の息子だったということを示す史料が見つかったのです。こちらかなり信憑性が高い史料とのこと、こちらにも注目ですね。